【オーディオ高音質化】イコライザー(EQ)の可能性と限界:最終手段としての使い方

オーディオ考察

オーディオを触ったことがある人なら、一度はEQをいじったことがあるのではないでしょうか。

EQとは、音を周波数帯ごとに上げ下げして、低音に厚みを足したり、高音を伸ばしたりする機能です。スマホの音楽アプリにも、車のオーディオにも、たいていは付いています。

低音を少し持ち上げると迫力が出る。ボーカル帯を上げれば歌が前に出てくる。スライダーを動かすたびに音が変わるので、いじり始めると面白くて、つい時間を忘れてしまう。私もずいぶん遊びました。

ただ、長く付き合ってみると、EQは思ったほど「いい音」への近道ではないと感じるようになりました。むしろ、いじればいじるほど迷子になることのほうが多い。最後の切り札として少し補正するくらいが、ちょうどいいのかもしれません。

このページは、そんなEQとの付き合い方を、自分なりに整理してみたものです。

EQで何ができて、何ができないのか

EQでできることを整理すると、だいたい次の三つに収まります。特定の周波数帯域を強めたり弱めたりすること。聴き疲れの原因になっている帯域を抑えること。そして全体のバランスを、自分の好みに寄せること。

並べると万能そうに見えますが、実際にやれるのは「いま鳴っている音を整える」ことだけです。元の音源に入っていない情報を、EQで掘り起こすことはできません。低ビットレートのMP3をEQでCD品質に近づける、といったことは原理的に無理な話です。

例えるなら、EQは料理の塩こしょうに近い存在だと思っています。味を整えることはできても、素材そのものを差し替えることはできない。素材が頭打ちなのに塩こしょうで粘ろうとすると、たいてい無理が出ます。

EQも同じで、できる範囲をはみ出した瞬間に、不自然さが顔を出し始めるんです。

EQ調整の難しさ

EQで本当に「いい音」を作るのは、思っている以上に難しい作業です。調整した直後は満足していても、しばらく経つとまた別のところが気になり始める。終わりが、なかなか見えてこないんです。

私はレンタカーを使う機会がそれなりにあるのですが、乗るたびに、ついEQをいじって少しでもいい音にしようと試してしまいます。楽しいのですが、これがなかなか難しい。

調整している最中は「お、いい音になってきたぞ」と感じます。ところが一度車を降りて用事を済ませ、戻ってきてもう一度聴くと、思ったほど変わっていないことに気づく。

なぜそう感じたのかを考えながら、また少しいじって、また降りて、戻って聴き直す。それを繰り返して、返却が近づく頃にやっと自分なりの「いい音」が形になる。さあ好きな曲を一曲じっくり、というところで「うーん、そこまででもないな」と感じてしまう。そんなことの方が多いんです。

理由は単純です。EQ調整の効果は、その車のオーディオシステムの素性に大きく左右されます。素性そのものは書き換えられないので、どこかに必ず上限がある。前のセクションで書いた「塩こしょうでは素材を変えられない」という話の、ちょうど実例みたいなものですね。

もう一つ難しいのが、「いい音かどうか」を判断する自分側の問題です。EQ調整は、頭の中にある「目指したい音」へ近づけていく作業なので、そのイメージがぼんやりしていると、ゴールが定まらない。終着点のないチューニングは、いつまでも続けられてしまいます。

高品質なオーディオにEQは必要か?

このあたりまで考えてくると、ひとつの疑問が浮かんできます。本当によくできたオーディオシステムに、そもそもEQは必要なのだろうか、と。

オーディオシステムというのは、本来、設計・製造の段階で音質が作り込まれているものです。作り手には「こういう音を聴かせたい」というビジョンがあって、ユニットの選定からチューニングまで、その音に向かって仕上げられていく。完成品は単なる再生装置ではなく、世界観ごとパッケージされたものです。本来は「この音が好きだから」という理由で選ぶものだと思っています。

私自身、10年以上使い続けているヘッドホンがあります。真空管アンプの球を差し替えて音の表情を変える、いわゆる球転がしの楽しみはあっても、EQで音をいじろうと思ったことはほとんどありません。最初からその音が好きで選んだものだからです。

そう考えると、EQで大きく調整しないと聴けないシステムというのは、二つの可能性のどちらかです。
一つは、そのシステムが自分の求める音と、そもそも合っていない場合。
もう一つは、システム自体の素性に限界がある場合。
どちらにしても、EQで粘ったところで根本的な解決にはなりません。それなら潔く別の機器を選び直すほうが、結果的には近道だったりします。

つまり、高品質なオーディオほどEQの出番は少ないはず。これが、いじり倒した末にたどり着いた私の答えです。
作り手の側でも、EQによる帯域操作は制作時のミックスバランスを崩すものとして、フラット再生を前提に音を仕上げています。リスナー側の感覚と、制作者側の意図が、ここでは一致しているわけです。

カーオーディオとEQの現実

とはいえ、すべてのオーディオを自分の理想で選べるわけではありません。特にカーオーディオは、その典型例です。

ホームオーディオなら、好きなアンプとスピーカーを組み合わせて、納得のいくまで自分の音を作っていける。気に入らなければ買い替える選択肢もあります。ところが車のオーディオは車種やグレードに紐づいていて、後から自由に選び直すわけにはいきません。
そもそも、音質を最優先に車を選ぶ人は、現実にはほとんどいないはずです。デザイン、燃費、価格、運転のしやすさ。優先順位のリストの中で、オーディオが上位に食い込んでくることは稀です。だから納車されて「思っていたより音がイマイチだな」となっても、それはある意味で必然なんですね。

こういう制約の中でなら、EQを使うのは理にかなっています。ただし、コツは「いじりすぎないこと」です。
具体的には、高音と低音のバランスを整える程度で十分です。全帯域を細かく動かして詰めるより、この二点をざっくり調整するだけで、たいていは聴きやすい音に近づきます。レンタカーと違って自分の車は毎日付き合うものですから、「正解を出しすぎない」ほうが、結局は長く付き合えるんです。

ちなみに、私のマツダ車に載っているメーカーオプションのBOSEサウンドシステムは、最終的にEQ不要の状態に落ち着きました。購入時からそうだったわけではありません。走行距離を重ねるなかでユニットがエージングされ、徐々に音が変わっていった結果です。
詳しくは別記事「マツダBOSEサウンドシステムの音の変化をまとめた別記事」にまとめていますが、最終的にEQをフラットにして聴くようになったという事実は、「いいシステムにはEQが要らない」という前のセクションの考え方を、自分自身の体験として裏付ける形になりました。

マツダBOSEサウンドシステムは4万キロで化ける——5年乗ってわかったエージングの真実
マツダ車のメーカーオプションBOSEサウンドシステムは、5年・4万キロでEQ不要なほど音が化けた。新車時の高音の刺さりから、走行3万・4万キロでの変化までを時系列で記録した実体験レビューです。

EQは状況を見て使う

ここまで書いてきたことを、最後に少しだけ整理しておきます。

高品質なシステムでは、EQは基本的に不要です。もし大きく調整しないと聴けないなら、それはEQで解決すべき問題ではなく、機器そのものを見直すサインだと思っています。

カーオーディオのように機器を自由に選べない場面では、EQの出番があります。ただしいじるのは、高音と低音のバランスを軽く整える程度。全帯域に手を出して正解を探し続けると、たいていは迷子になります。

そして、もともと素性に限界のあるシステムをEQで救おうとしても、補える幅はそう広くありません。塩こしょうで素材を変えられないのと同じです。

こうして並べてみると、EQそのものが悪いわけではないんです。ただ、万能の音質改善ツールとして頼ってしまうと、たいていは期待外れに終わる。出番は意外と少なくて、ここぞという場面で控えめに使う道具。それが、長く付き合ってきた末の私の落ち着きどころです。

EQの前に、まずいい音源と、自分の好みに合った機器を。そのうえで足りないところを、少しだけEQで整える。

順番さえ間違えなければ、オーディオはもっと楽しめると思っています。


音質に関するさまざまな考察記事を「オーディオ考察」としてまとめています。

オーディオ考察

理論と体験に基づいたオーディオ全般に関する高音質化の考え方